2011年12月27日

ETV特集 再放送

2012年1月4日 再放送あり。

シリーズ 大震災発掘 

 第1回 埋もれた警告
 第2回 巨大津波 新たなる脅威

見て考えましょう。
文明とは。

この日に変われるかどうかが問われるのかもしれない。
ただし、とてもとても厳しい道のりになるのでしょう。

生きている間にたぶん経験する。

さあ、どうするか。

posted by ichirok at 01:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月15日

「第4の革命」を上映する理由について少々

今回の上映は、原発への反対運動とは切り離して開催するつもり。

もちろん僕自身の反/脱原発の思いは変わらないのだが、「自然エネルギー=環境・反原発活動家の領域」と矮小化して捉えられるのが残念なので。
だからあえて切り離す。はて、できるかな?

世界の自然エネルギー推進の動きは、映画を観てもらえれば一目瞭然。ダイナミックに進んでいる。
法制度を利用したもの。ファンド、金融技術。セクターも営利・非営利、中小から大企業まで。Qセルズのように、ファンドと法制度を活用して起業から一気に頂点まで成長するような企業まで出てきている。

一方、エコロジストの認識は、文明批判的なのはよいのだが、一足飛びに自給信仰とか里山回帰とか、現在の普通の暮らしや仕事のあり方とはかけ離れている感がある。個人の嗜好と産業のあり方をごっちゃにしてはいけない。
つくづく「中庸」が大事だと思うのだが。

自然エネルギーは地域の中小企業・商工会にも乗り出すメリットは大きい。
活動家の専売特許ではない。

日本の環境運動において、ISEP所長の飯田哲也さん登場の影響ははかりしれない。
飯田さんが日本総研に在籍し、まだISEP立ち上げ前の頃、政府の審議会か何かで当時の東京電力勝俣副社長と丁々発止でやりあっているビデオのテープ起こしのバイトをやらせてもらったりした。もう10年以上前のことだが。凄い人が出てきたと思ったが、当初は”日本総研”という肩書きが気になっていた。

社会を変えていくためには、特に人々の消費行動が社会のあり方に大きく影響する社会では、中間層というか中産階級というか、いわゆる”フツウ”の人たちの動向が鍵になる。北欧とドイツで生まれた自然エネルギー市場とそれに伴う産業と、さらに基層の社会のあり方について、飯田さんの紹介する事例や文献には大いに学ばせてもらった。

何度かありがたいお話をいただいたものの、自身の力量ではとてもおっかなくて引き受けられなかった。また40代の仕事をはファーマーズマーケットと有機農業を軸にした動きを腰を据えてつくっていくと決めていたので、もはや戻ることはない。
でも地域で自然エネルギーの事業は立ち上げていきたいし、そうしなければと思っている。

地域で自然エネルギーを推進していく機運をつくりたい。


posted by ichirok at 00:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 原子力 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月06日

「第4の革命」茨城上映会 1/14(土)


全国一斉上映会に茨城でエントリーしました。
詳細こちら 「第4の革命 エネルギー・デモクラシー」茨城上映会
posted by ichirok at 07:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境・資源・エネルギー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月02日

茨城県 「子どもの被曝調査」を徹底無視のわけ

ぼくもお母さんたちのメーリングリストに参加させてもらっている。
進みが早く動きを把握しきれないくらいなのだが、とにかく頑張りに頭が下がる。
「放射能汚染から子どもたちを守ろう@守谷」ほかの茨城県内各地のママさんたちがネットワークを作り、協働で県への要望書をまとめていた。
これも、子どもたちの将来を思ってのことだろう。

しかし、市、県、国もけんもほろろだ。
県への要望事項は「@つくば」に詳しい。

さて、ママさんたちに冷水を浴びせるようなことは厳に慎まなければならないが、先に腹においた上で行動しなければならないことがある。
それは、国・県・市ともに、基礎データを取りたくない、ということ。
取る場合でも、後に有意性が明らかになる(可能性のあるような)まともな取り方をはじめからしない、ということ。
後の裁判で負けるようなネタを自らまとめることはない、ということである。

参考になるかもしれないので少々関連メモを載せることにする。

初めて県に要望した方からすると、「まさか責任ある立場の人が・・・」と驚きを隠せないかもしれないが、そういうものなのだ。
これには幾つかの理由があるし、特に日本では責任ある立場の者が単に責任の自覚がないだけのことがよくあるのだが、地震直後頃に何度か書いたとおり、一番の理由は補償のための「財源」がないことによる。

国の無駄遣いが問題になってきたが、各官庁は一般会計とは別のサイフ(それは各官庁の管轄で、自分たちの自由にできるサイフ)、つまり特別会計を使って膨大なムダをする。
一般会計はやはり制約が厳しいのだ。

財源がないので、補償したいと仮に考えたとしてもやすやすとは決断できないのだ。

幾多の薬害裁判等でも、財源のめどが立たない限り首相など最終的な決定者も担当大臣も被害者に歩み寄るような振る舞いはできない。

時間が無いので今はここまで。後で追記したい。できれば。


posted by ichirok at 06:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 原子力 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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